アイマスレイアP伝…「揺」

「……ど、どどどどうぞ」
「あ、どうも」
みかんが持つお盆がカタカタと音を立てている。
誰がどう見ても動揺しすぎです。
彼女のこんな姿も新鮮と言えばそうなのだが、それにしたっていちいちオーバーすぎるような。
「ご、ごっごごごゆ、くっりっ」
ここまでくるとさすがに恥ずかしい。
一ファンからすれば、本物が間近にいるということがどれだけのことかはわからないでもない。
…が、自分だって天海春香のファンだ。
だからこそもっと落ち着いてほしかったような。
そんな妹はそそくさとリビングから出ていった……と思ったらこっそりとこちらを覗いている。
「面白い妹さんですね」
「そう?ありがと」
…いつもはもっと落ち着いているのだが。


春香はキョロキョロとリビングを見渡している。
「せっかくの休みだったのにごめんね」
「いえ、いいですよそんな。ちょっと興味ありましたし」
出されたお茶を喉に通しながら、他愛ない雑談を交わす。
普段会う時は仕事やレッスン、オーディションの事ばかりで、こんな会話は移動中や休憩時間に少ししかなかったが、
今日はコミュニケーションし放題。
難しい仕事の事を考えなくてもいいのはこちらとしても気が楽でいい。
「春香は、好きな人とかいたりするの?」
思わずこんな質問をしてみたり。
「え!?あ、その、いえ…えぇ?」
不意打ちを仕掛ければ決まって慌てるその様子も慣れてくると随分可愛いものだ。
「やっぱり今はそんな事にうつつを抜かしている場合じゃないかしら?」
「い、いえっ!あの、そりゃ今はいないですけど…私だって、恋愛とかしたいですよ」
頬を赤くしながら答えるその可愛さったらもう。
「そ、そういうプロデューサーさんはどうなんですか」
「私?昔はいたわよ。でも今は春香の方がいいなぁ」
「……ええと…」
「勿論、ファンとしてね?」
「…あ、当たり前ですよう!」
楽しい。少なくとも自分は楽しい。
春香が気を悪くして今後の仕事に影響が出るのはいただけないが、そこはそれ。
楽しくてやめらんねぇ。
「もう、プロデューサーさんったら…」
「…うーん、ダメね」
「はい?」
何の事かと言わんばかりの表情。
何の脈絡もなくいきなり言われればそうなるのも当たり前だが。
「せっかくの休みなのに、プロデューサーはねぇ?」
「はあ」
「休みの日くらい、名前で呼んでくれたっていいと思わない?」
「名前で…ですか?」
「そ。ほら」
春香の顔を、気持ち微笑んだ表情でじっと見つめる。
恥ずかしいのか目線をそらす春香。指先をくるくる回して落ち着かない様子だ。
意を決したか、口を開く。


「…れ、零亜…さん」
「聞こえなーい」
我ながらなんて意地悪だ。
「零亜さん」
「まだまだー」
「〜〜っ、零亜さん!」
少し怒ったような感情が混ざった声。
それでも――普段が普段だけに、こうして名前で呼ばれるのも嬉しく、そしてなんだかくすぐったい。
わかる。
今、自分はとても笑顔だ。






「なあに?春香」