変わらないもの

「姉様」
「…どしたのみかん、急に」
「まあ…いいから黙って聞いてください」
「悩みかなんかかしら」
「わがままな姉様のことなら悩みですけど」
「自覚はしてるわ」
「反省はしてませんよね」
「しようとしない、の間違い」
「今どつきたくなりました」
「むしろどつかれたいわ。それで?」


「買い物帰りに小学校を横切ったんですよ」
「懐かしいわね。あそこの信号近くのね」
「少し前まで毎日のように通っていたのに、卒業してからなんだか行きづらいんですよね」
「行くって…何か用事とかあるの?」
「別にないですけど、なんとなく」
「行ってくればいいじゃない。お世話になった先生とかいるんでしょ?」
「ええ」
「それなのに?」
「ええ」
「気にしすぎよ」
「そうかもしれません」
「らしくないわね。タイムカプセルも埋めたんでしょ?」
「埋めましたね。二十年経ってから開けようって、全校生徒で」
「それの様子を見るとかでもいいんじゃないの?」


「…私が気にかけてるのは、そういうのとはちょっと違いますよ」
「じゃあ何よ」


「…残らないんです」
「残らない?」
「いつか…今はまだだとしても必ずその時が訪れる」


「知ってる先生だっていずれ転任してしまう」
「タイムカプセルだってまた掘り出される」
「そしたら、私があの学校の生徒だった証がなくなってしまう」
「…それがなんだか寂しいなって、それだけですよ」
「…ふうん」
「知ってる先生たちがみんな転任した後、学校に行ったらきっと不審者扱いですよ」
「知ってる所なのに、ただ懐かしみたいだけなのに」
「そんなの…変な話ですよ」


「!っ痛い」
「痛いでしょ?どついたんだもの」
「なんですか姉様っ、いきなり」
「いえ別に。らしくないなって」
「らしくないことして悪いですか」
「いや、歳を考えればある意味らしいのか」
「どういうことですか」
「そんなこと考えるのに適したお年頃ってことよ、多分」


「ねえ、みかん」
「本当に何も残らないと思ってる?」
「……まあ、調べればわかる事かもしれませんけど」
「そんなちまいことしないでも、もっと簡単でしょ?」
「簡単…ですか?」


「あなたが覚えてるじゃない」
「生徒だった頃の思い出や経験…あなたが忘れなければそれが証よ」


「願っていてもどうせ変わっていく」
「ものの考え方、周りの環境…」
「だけど変わらないものだって確かにあるわ」


「今はあなただって立派な中学生」
「三年間だけ許された停滞期間をどう使うかはあなた次第だけど」
「変わらないものって、そういう所から出来るものよ」
「そうでしょ?」


「姉様」
「何?」
「何言ってるかよくわからないです」
「奇遇ね。私もよ」
「…でも、なんとなくわかったからもういいです」
「そう」
「ありがとうございます」
「何、どしたの?」
「聞いてくれて」
「あんなので参考になったの?」
「いえ、あんまり」
「でしょうね」


「みかん」
「はい」
「欲しい?」
「何をですか?」
「変わらないもの」
「…いえ、いいです」
「そう?」
「もうありますから」
「…そうね」
「変わってほしいですけどね」
「残念ね」
「変わってくれません?」
「変わってほしい?」
「それはもう」
「嫌」
「どついてもいいですか」
「うんうん。早くどついて?」
「……やっぱいいです」
「残念ね」