煙草

「こんにちはー……」
「……返事がないなぁ…誰もいないのかな」
「みかんちゃんか零亜さんか…どちらかがいると思ったんだけどな」
「……家の鍵が開いてる…ってことは、いる…んだよね?」
「…えーと……おじゃましまーす……」


「ごめんくださーい…誰かいませんかー…?みかんちゃーん、零亜さーん…」
「…やっぱり返事が……あれ…声?」
「そっちの部屋からだ……零亜さん?」
「なんだ…いるならいるで返事くらいしてくれれば――」
「――だからふざけないでっつってんのよ!!」
「ッ!? え…ええ?」
「零亜さん…と……他に誰かいるのかな……」
「……ばれなきゃ、覗いても大丈夫だよね…?」
「ごめんなさいーっ……こそこそっと」


「…もう一度聞くわよ?アスラ、私の煙草どこに持っていったのよ」
「……何度でも言う。もう吸うのはやめろ」
「吸おうが吸わまいが私の勝手でしょうが!そんなとこまで一々指示されてちゃこっちの身が持たないわよ!」
「そうはいかん…貴様こそ、少しくらい聞き分けのある所を見せても構わんのではないか?」
「えぇえぇ…他の所なら言われればちゃんと直してあげますわ。でもね、煙草の事とそれとは別よ!別!わかる!?」
「わからん」
「………ンの……ッ!!」
「…大体何だ。あの煙草は。少し探してみたら一つどころではなかった。探せば探すほど出てくる…それも全く同じ銘柄が、だ」
「それが何だってのよ」
「……今になって考えれば、私も馬鹿な手段を取ったと思っている。今ある物を処分してもまた何処かで手に入れてくるんだろうからな」
「そうね。あなたらしくもない」
「今だってそうだ、零亜。……何故ここにいる。怒る暇があるなら、また手に入れてくればいいだろう」
「………理由がいくつかあるわ」
「聞こう」
「まず煙草そのものが高いわ」
「ああ」
「以前買える機会があった時に、無くなる度に買いに行くのも面倒だからって買い溜めしたの」
「ふむ」
「その件で散々みかんに怒られたのも覚えてるわ。結局どうにか誤り倒して返品だけは免れたけど」
「それで?」
「財布はみかんが握ってる。私が稼いでるけど使い方は荒いからね…もちろんこの一件以来より口が堅くなったのは言うまでもないわ」
「他には?」
「そして一応、こう見えても私はまだ未成年ですからそれなりの格好でごまかしでもしなきゃバレるのよ」
「ほう」
「…以上よ。納得した?」
「以上?」
「ええ」
「嘘はやめろ」
「……なんですって?」
「つまり、妹から金をもらえないから買いにいけない……それだけなのか、と言っている」
「…そう言ってるわ」
「眼がそう言ってない」
「……っ」
「…零亜。私にも話せないような事なのか」
「…え?」
「貴様が隠していることは、私にすら話せないような事なのか?」
「…何よ、いきなり」
「……煙草を処分したのは、ただ貴様の身が気になったからだ」
「でしょうね」
「煙草は身体に悪い。……そこにある灰皿にも、山のような吸殻……あんなに吸っているのを見せられていては気になってもおかしくないだろう?」
「そうね」
「そこで手を打てばこの通りだ。……あの大量の煙草を処分することが、どうして零亜をそこまで憤らせるのか…理解に苦しむ」
「……」
「零亜。……あるのだろう?本当の理由が」
「……聞いてもつまらないわよ」
「聞こう。零亜の事だ」
「………元彼」
「なに?」
「元彼が好きだったの。あの銘柄」
「……昔の男か」
「そうよ。もう死んだけど」


「……義務教育が終わって、私は高校にも行かずにみかんと二人で暮らしたわ。両親は…母さんは死んだし、父は蒸発した」
「それまでは父のお祖母ちゃんの所でお世話になってたけど、あんまり良くは思われてなかったみたいだったし」
「こっちとしても居心地悪かったし、中学卒業をいい機会に二人で立ち去って適当なトコで暮らし始めたのよ」
「その時みかんはまだ10歳にもいってなくて…どうにかできるのは私だけ。期せずしてバイト生活の始まり、ってワケ」


「……彼と出会ったのはその辺よ。明るくて気さくでそれほど悪くもない顔…んで、いっつも同じ銘柄の煙草をくわえてて」
「同じバイトで顔を合わせる度に、少しずつ好きになっていた気持ち…今思い返しても恥ずかしいわ」
「しばらくして、まぁ恋人として付き合うことになったけど…それでもやることはあまり変わらなかった」
「顔を合わせてバイト頑張って……馬鹿なこと話したり給料袋片手にニヤニヤしあったり、恥ずかしい台詞言ったり言わなかったり」
「…若かった。ま、今も全然若いんだけどね?」


「つまんないことで喧嘩をした時があったわ」
「内容は……もう覚えてないけど。…でも、私も意地になって食って掛かってたのは覚えてる」
「その日は互いに気を悪くして終わりだったけど、その後はなんだか気まずくてバイトでも顔を合わせなくなった」
「それが何日か、何週間か続いて……いい加減に元の関係に戻りたかった」
「で、彼がバイト上がる時間を見計らったんだけど……さ」


「……零亜?」
「…車が私にプロポーズしてきやがったのよ。ドライバーが寝惚けてたんでしょ、きっと」
「…………おい」
「そしたら彼が庇ったの…私を突き飛ばしてさ」
「……」
「………打ち所、悪かったみたいで。あっけなく逝っちゃったわ」
「もういい」
「…私は……逃げられた」
「零亜」
「仲直りもできないで…言いたいことも言えずじまいで、あんなつまんないことが最後の……ちゃんとした会話なんて」
「もういい、わかった」
「私がもっと気をつけてれば、あんな事には――」


「零亜ッ!!」


「……あ」
「…落ち着いたか?」
「………ごめん」
「…成る程、形見のつもりということか」
「馬鹿なことしてると思うわ。……だけど、忘れたくないの。言いたいこと言うまでは」
「……ふむ」
「わかったでしょ?…煙草、返してよ」
「駄目だ」
「………ンですって?」
「…吸って早々にその男の元に逝こうなど思うのはやめろ」
「一言も言ってないでしょ、そんなの」
「それに形見なら一々吸わずとも、手元に置いておくだけで十分だろう?」
「……」
「………残される側の気持ちはわかっているはずだ」
「…ンな事、言われなくってもわかってるわよ」
「……とりあえず、一つだけ返しておくとしよう」
「ん…サンキュ」
「…すまなかった」
「……何であなたが謝るの」
「辛い事を思い出させた」
「今更遅いわよ……まあ、こっちも色々ごめんなさいだわ」
「気にするな」
「そうするわ……ところで」
「ん?」
「…この話、他の誰にも話さないでよね」
「……そこの、ドアの向こう側にいるのはどうするんだ」
「…はい?」


「っちょ…バレてっ……」
「…ルート……ちゃん……」
「は、はい……お邪魔してます」
「…聞いてた?」
「え、あ、いやその……みかんちゃんいないかなー…って」
「………………」
「…やれやれだな」