「風と地の姫」-2

村をまっすぐ抜けて、そこからまた少し歩いた。
村にいた時から目と鼻の先にあった城は、それでもその根元をあらわにしていなかったが、
ほんの数分をかけてようやくその入口を目の当たりにできた。
いかにもな門番二人が左右を固めている。
ヨウがその片割れに声をかけ、二、三言葉を交わし、そしてその重そうな門はいとも簡単に開かれた。
ベストのポケットに両手を入れながら面倒臭そうに歩くヨウの背中を眺めながら、みかん達はウィンドラウスの城に足を踏み入れた。


「村人…?」
城に入ってまず目についたのは、城内をうろつき、居座り、井戸もないのに井戸端会議を繰り広げている村人の姿。
そのおかげかそのせいか、うっすらと城全体がどよめき立っている。
「言ったろ、避難してんだ」
成る程、と思った。
こちらに物珍しい眼差しを向けたり、井戸端での会話の種にしているようだったが、それらはこちらの耳には届かない。
ほんの少しだけ見世物気分を胸に抱きながら村人を横目に、変わらず歩くヨウの後をぴったりついていく。
彼の向こうに見える大きな扉。
隔てた先で待つ王との対面を目前に、村の門で彼が呟いた言葉がふと脳に蘇った。


「お帰りなさい、ヨウ・グレイヴリット」
王の間の先、左右にわずかな兵士が並ぶその中央、二つ並んだ豪華な椅子の片方…
そこに座っていたのは王ではなかった。
「お待ちどうだ、王女サマ」
視線の先にいたのは女性。それも十代――おそらくミーナとほぼ同じくらいか。
凛々しく、そして麗しく…まさに『王女』と呼ぶに相応しい気品をその身に纏っている。
「ようこそ皆様。彼方よりの来訪、歓迎致します」
「お目にかかれて光栄です、王女様」
ミーナを皮切りに各々が頭を下げる。
書状を差し出し、それを王女の傍らにいた宰相の老人が受け取った。
一通り目を通してから王女に渡し、吐き捨てるように一言。
「このような時にわざわざグランディアからとは…」
「よしなさいバグラ。急な事だったのです、仕方ありません」
「アルナ様、しかし…!」
「バグラ」
王女――アルナの強く、静かな一声。
バグラと呼ばれた宰相はさも何か言いたげであったが、渋々その口をつぐんだ。
「失礼しました。どうかお気になさらず…」
顔色を見るにどうやら宰相は歓迎していないようだ。
それはいい。こちらとしてもそのようなシワだらけの顔を拝みに来たわけではない。
だが、やはりウィンドラウス王のことが気になる。
この場にいてもおかしくないはずなのに、その姿はどこにも見当たらない。
「…あの、失礼を承知でお伺いしたいのですが…」
「…父…王ですか」
アルナは俯いた。
その事について話すのをためらっているように――と言うよりも、話すと思い出してしまうから言いたくないような様子。
少しの間を使って意を決したか、その口から引きずるように言葉を放った。
「王は……崩御しました」


その経緯を簡単に、しかし変わらぬ重いトーンで語ってくれた。
倒れたのは数週間前。
それは何の前触れもなく降りかかり、王の身体をやむなく床に伏せさせた。
原因は不明。
連日の治療も虚しく、容体は悪化の一途を辿るのみ。
急逝したのはまだほんの数日前のことだったようだ。
「……ご冥福を」
「有難うございます。でもどうかお気になさらないでください」
強い娘だ。
数日経っているとはいえ、他人に心配かけさせまいと気丈に振る舞っている彼女を見て、みかんは多少の親近感を覚えた。
自分も似た所があるような気がしてならない。
…気のせいかもしれないが。
「それはさておき…皆様はどういった御用でこの城へ?」
「ええと、それは…」






「あの城に行けばいいのね?」
「事は起こすな。内通の者にこれを渡すだけでいい」
デューンから紙切れを受け取る。
零亜はその内容が気になって、何となく書かれてある事柄を読もうとした…が断念せざるをえなかった。
――読めない。
紙には戦界独特の言語であろう、何かの記号のような文字ばかりが連ねられていた。
日本語が書かれていればそれはそれでかなり違和感があるが…言葉は通じるだけに不思議だ。
「てっきり大虐殺でも、と思ってたけど」
「いずれする」
「熱心なことで…」
無くさないように手袋の中に潜める。
「そいつも連れていけ」
顎だけでファラクを指すデューン
事を起こすなと言う割には随分矛盾している気がする。
「かくれんぼなら一人のほうが楽だと思わない?」
「もう少し学があれば考慮したが」
成る程。
そう思うなら紙切れの内容を口頭で伝えてほしかった。
「どうせ中卒よ…」
「レディの足を引っ張らないようにするさ」
「よろしくどうぞ、ファラ坊」
二人が並んで暗闇の中に消えていく。
そこはもう何度目なのか、デューン一人が佇むだけの場所になった。
もう誰もいないのに、自分も聞き取れるかどうか程度の声量で――まるで誰かに聞かれるのを恐れるかのように呟く。
「…血…………鬼…? …の………が…」