いちばんあたたかいもの

その人は最初にこう言った。
「おまえの持っている1番暖かいものをくれないか」


私は何も持っていなかった。
でも暖かいものならたくさん身に纏っていた。
厚手のコート、毛糸の帽子、手袋にブーツにマフラー…
強い風が吹いても寒さを感じることはない。
だけど私はその人にあげられるようなものは何も持っていなかった。


だって――






その人は次にこう言った。
「おまえの着ている1番暖かいものをくれないか」


私はその頼みを頑なに拒んだ。
どれか一つでも欠けてしまえば、私は寒さを感じなくてはならなくなる。
身体を強く打ち付ける強い風を、わざわざこの人のためだけに受け入れたくはない。
だから私はその頼みを頑なに拒んだ。


だって――






その人は私よりもずっと暖かそうだったもの。










「では代わりにおまえの持っている1番冷たいものを貰っていくとしよう」
その人がそう言った後のことを私は覚えていない。


そのうち、どんなに暖かくしていても身体が冷えていくのがわかった。
厚手のコート、毛糸の帽子、手袋にブーツにマフラー…
なにひとつとして脱いでいないのに、身体はどんどん冷たくなっていく。


その人はもうどこにもいなくなっていた。






その時わかったの。
その人が持っていったものが。










私は力無くその場に横たわった。
頬に冷たい雪が当たった。
とても冷たかった。


でもわかるの。
その人が持っていったもの――


真っ白な雪より冷たい風より、
私のこころのほうがずっと冷たいって。






ああ、この冷たさがとても暖かい。
なんだろう。
だんだん眠くなってきちゃったわ――










最後にその人はこう言った。
「おまえの持っていた1番冷たいものは、私にとっては何より暖かいものだったよ」






私はゆっくり目を閉じた。